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広島高等裁判所岡山支部 昭和24年(ネ)60号 判決

本件当事者間の岡山地方裁判所昭和二四年(ヨ)第二六号建物仮処分命令申請事件につき、昭和二十四年六月一日同裁判所がした仮処分決定は、控訴人において金十五万円の保証を立てることを條件として、これを取り消す。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、各その一を当事者双方の負担とする。

この判決は、第二項に限り仮りに執行することができる。

二、事  実

控訴代理人は、仮執行宣言の部分を除き、主文第一、二項と同旨並びに訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、原判決摘示事実中控訴人の答弁のうち、被控訴人主張の(一)の事実中被控訴人主張の土地が被控訴人の所有であることは認めるが、「その余は不知」とあるを、「その余を否認する」と訂正し、本件仮処分申請は、控訴人が從來問題なく使用していた本件外の建物まで使用できないようにするものであるから不当である旨主張し、被控訴代理人において、右主張を否認した外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人主張の本件土地(岡山市栄町一四番の一、一六番の一地宅地七一坪二合八勺)が被控訴人の所有であること及び控訴人が昭和二十四年五月中頃から本件土地一四番の一地内に本件建物(木造セメント瓦葺平家洋館建店舗一棟建坪約一〇坪)の建築に取りかゝつたことは、当事者間に爭がない。しかして、成立に爭のない疏甲第一、二、三号証、疏乙第一、五号証、原審証人懸谷豊、光田利一、大賀熊太郎、宇治茂平(一部)、実藤信夫の各証言、原審並びに当審における被控訴本人の供述を綜合すれば、昭和二十一年九月頃当事者間に被控訴人主張の如き内容の本件土地賃貸借契約が成立したこと、控訴人は本件建物建築着工間もない頃被控訴人からその建築は当事者間の本件土地賃貸借契約に違反する本建築であり、又賃貸期間も余すところ半年位に過ぎないがら、工事を中止されたい旨の申入れを受けたのに対し、爾後一、二年は本件土地を返還する意思がない旨を表明し、その後も建築工事を続行したこと、被控訴人は同年五月末日頃控訴人に対し本件建物は容易に收去できない本建築であるから、特約即ち控訴人は本件土地に容易に收去できない本建築をしないこと、若しこれに違反して本建築をしたり又は本建築をしようとしたときは、被控訴人は何等の催告を要せず直ちに本件土地の賃貸借を解約することができる旨の約定に基いて、同日限り本件土地賃貸借解約の告知をしたこと、本件建物が容易に收去し難い本建築であることが認められ、以上の認定に反する原審証人宇治茂平の証言部分及び原審並びに当審における控訴本人の供述は措信し難く、他に右認定を左右するに足る疏明がない。しからば、被控訴人の本件土地所有権乃至明渡請求権保全の必要を一應肯定するに足る疏明があるものと認められるから、被控訴人が、「一、控訴人は本件建物の建築工事を続行し又は他人をしてこれをなさしめてはならない。一、控訴人は本件建物中通路として使用する部分を除いたその余の部分を使用したり又他人をして使用させてはならない。一、本件建物に対する控訴人の占有を解き岡山地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。但し、この場合には執行吏は右命令を遵守さすため及び自己がその保管をしていることを公示するために相当の表示をせねばならぬ。」旨の仮処分を求める当事者間の岡山地方裁判所昭和二四年(ヨ)第二六号建物仮処分申請事件の仮処分申請はその理由がある。なお、控訴人は、被控訴人の右仮処分申請は、控訴人が從來問題なく使用していた本件外の建物まで使用できないようにするものであるから不当である旨主張するが、該主張に副う疏明の提出がなく、却つて当審における控訴本人の供述によつて成立の眞正が認められる疏乙第六号証及び当審における控訴本人の供述によれば、本件仮処分申請は、控訴人が從來使用仮建築建物を取毀ち、その敷地上に新築する本件建物のみを対象とするものであることが明瞭であるばかりか、使用禁止を求めているのは本件建物中通路として使用する部分を除くその余の部分であることは、右申請の趣旨自体によつて明白であるから、本件仮処分申請が控訴人主張の如く不当なものとは認められない。

ところが、控訴人は特別事情を主張して、本件仮処分決定の取消を求めるから以下この点について審案する。そもそも、民事訴訟法第七五九條に裁判所は「特別ノ事情アルトキニ限リ保証ヲ立テシメテ仮処分ノ取消ヲ許スコトヲ得」る旨を規定して同法第七四三條(第七五四條第一項)第七四五條第二項後段第七四七條第一項後段の特別規定を設け、同法第七五六條による仮差押に関する規定の準用範囲を制限した所以が仮差押は金銭債権又はこれに換えることのできる請求権の執行保全のためにするものであるから、被保全権利と完全に等價値と見ることができる保証を立てしめて仮差押を取消しても、債権者は仮差押の目的を達することができるが、仮処分は係爭物に関する権利の保全又は係爭権利関係について仮の地位を定めるためにするものであるから、たとえその被保全権利が財産権であつても、性質上保証を立てしめることによつて仮処分の目的を完全に達し得ないのが通例である。故に、この点を固守する以上、保証を立てしめて仮処分の取消を許容することのできる場合は極めて尠いという外はあるまい。しかし、かくては債権者を偏重し、債務者に酷に失することとなるから、保全訴訟(仮差押及び仮処分)制度の基調をなす公平の観念に照し、特別事情が存する場合に限つて保証を立てしめて仮処分の取消を許すことができるとしたものと解する。しからば、如何なる場合に所謂特別事情が存するとなすべきか。(一)前に述べたように、仮処分は、その殆んどが立保証によつては目的を完全に達し得ないとはいえ、債権者と債務者間の利益公平擁護の観点からして、債務者に保証を立てしめて將來の金銭的賠償を担保すれば債権者の仮処分による権利保全の目的が完全に等價値において達せられないとしても、ほぼその実現が期し得られたものと目することができる場合、換言すれば金銭的補償による終局的目的達成可能が認められる場合がないではない。そこで、このような場合には、他の事情を参酌するまでもなく、この一事を以て特別事情の存在を肯定しても差支えなきものと解する。(二)しかし又、制度として仮処分が認められる以上、債権者は権利保全の方法として仮処分による自由があり、債務者も仮処分を受けることによつて蒙る通常の損害はこれを甘受しなければならないが、元來仮処分が簡易迅速に與えられる暫定的仮定的措置であるため、債務者の受ける重圧は、財産上精神上異常に大きい場合がある。事案によつては、債務者は仮処分を受けることによつて甘受しなければならぬ通常の損害以上に、しかも仮処分によつて與えられる債権者の利益に比し、著大な損害を蒙り又は蒙るおそれがある場合がある。このような場合、当該仮処分をそのま々維持せしめることは、余りにも債権者の利益保護に偏向し、債務者の立場を顧慮しない結果が生ずる。從つて、仮処分の種類内容、債務者の職業地位、仮処分によつて受ける債権者の利益、(仮処分の取消によつて蒙る債権者の損害)、その他諸般の事情を総合して、債務者の蒙るべき損害が異常に大きいと認められる場合は、前叙の(一)に該当しなくても、特別事情ありとして保証を立てしめ仮処分の取消を許容すべきで、これにより却つてよく債権者債務者の利益公平擁護の観念に妥当する。しかして、控訴人は、本件仮処分によつて保全せられる権利は終局的には金銭的補償によつて目的を達し得られるものであり、且つ本件仮処分によつて蒙る控訴人の損害が異常に大であるから特別事情があると主張する。しかし右に説明したように、この両個の事情は各独立して特別事情たり得るものと解するから、先ず前者の主張につき判断を示す。勿論、本件仮処分の被保全権利が財産権であることは、被控訴人の主張によつて自明であるが、仮処分の性質上それが財産権であること自体によつて立保証による仮処分の取消が許容さるべきでないことは、既に述べたとおりであつて、たとえ被保全権利が財産権である場合でも、立保証によつて仮処分の目的がほぼ実現し得られるものと目し得る事情、即ち金銭的補償による終局的目的達成可能につき疏明が必要である。しかるに、控訴人提出の全疏明資料によるも、これを肯認し得ないから、該主張はこれを採用するに由ない。しかるところ、当審における控訴本人の供述によつて成立の眞正を認める疏乙第六号証、原審証人宇治茂平の証言、原審並びに当審における控訴本人の供述を総合すれば、控訴人は昭和二十一年十月頃本件土地に店舗十五坪位並びに住宅十坪位を建築し、爾來「とらや」の屋号で店員五、六名を使用し、菓子販賣並びに喫茶店業を営み、毎月十五万円位の賣上げを挙げていること、本件仮処分の対象は控訴人の右営業用の調理場と喫茶室になるべき計約十坪の本件建物で、全営業用調理場及び喫茶室のほぼ半ばにあたること。本件建物の調理場の部分は、本件建物の西側に接続する建物の調理場の部分と一体をなしていた調理場の一部を取毀ち、その取毀跡に新築した本件建物の一部であつて、右接続建物の調理場の部分と一体となつて調理場をなすものであること、該調理場は控訴人の前記営業のための唯一の調理場であること、本件建物の建築費等には約三十万円を要し、控訴人は既にその内二十万円位を支出していること、本件建物の敷地は、本件仮処分被保全権利の客体である本件土地七十一坪一合八勺中の約十坪に過ぎないことの疏明があつたものと認められ、他に右認定を覆するに足る疏明がないから、以上の事実によつて本件仮処分の種類内容、債務者の職業、本件仮処分によつて受ける債権者の利益と債務者の損害その他の事情を彼此総合すると、本件仮処分を維持することによつて控訴人の蒙るべき損害は異常に大なるものと推認せざるを得ない。ちなみに、被控訴人は、前叙営業の主体は有限会社とらやであつて、控訴人個人でないから、本件仮処分によつて損害を蒙ることがあつても、それは右会社であつて控訴人ではない趣旨の主張をする。しかし、成立に爭のない疏甲第五号証では、昭和二十二年九月三十日控訴人の住所と同一地番に本店を有する有限会社とらやが設立せられ、控訴人がその代表取締役に就任している事実は認められるが、これによつて直ちに控訴人が前記営業を営む事実を否定し難く、他に被控訴人の右主張事実を認めるに足る疏明がないから、該主張は採り上げることができない。果してしからば、控訴人の特別事情の主張は、その理由があるとなすべきであるから、控訴人に対し当裁判所が相当と認める保証金十五万円を立てることを條件として、当事者間の岡山地方裁判所昭和二四年(ヨ)第二六号建物仮処分申請事件につき、昭和二十四年六月一日同裁判所が被控訴人の申請を理由ありとしてした仮処分決定の取消を許容すべきものとする。

よつて、本件控訴はその理由があるから、民事訴訟法第三八六條第九六條第九二條第一九六條を適用し、主文のとおりに判決する。

(裁判官 植山日二 池田章 山根吉三)

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